秋田の基礎知識

満蒙開拓移民

まんもうかいたくいみん

昭和初期の不況や凶作対策として、国は海外移民を積極的に奨めた。当初は南米が主であったが、日中戦争のさなか満州国が成立すると、満州(中国北東部)が主な移住先となった。はじめは武装移民の形をとったが、やがて一般移民団が次々と満州に移り、秋田県からは約60移民団7800人余を数えた。また、武装移民団の流れを汲み、満蒙開拓青少年義勇軍も数多く送り込まれた。戦況の悪化とともに現地では働き手が次々と徴集され、終戦後の引揚げでも多数の犠牲者を出した。