秋田の基礎知識

佐竹義敦

さたけよしあつ

寛延元~天明5(1748~85)年。秋田藩八代藩主。領内鉱山の衰退。久保田城の火災、阿仁銅山取り上げの危機などもあったが、安永2(1733)年、鉱山の再開発のため平賀源内と石見銀山の山師吉田屋理兵衛を呼んでいる。その結果は後年成果となって表れるが、藩財政の悪化には苦しんだ。書画に巧みで号は曙山。平賀源内のもとで洋風画を学び帰国した小田野直武を久保田に呼び寄せ、その技法を習得。自らも洋風画を描き、いわゆる「秋田蘭画」の代表画家の1人となった。代表作に「湖山風景」など。また「画法綱領」などの画論もある。